「関わりを持ちたい、コミュニケーションしたい」という願望が……おそらく誰もの内にある


今朝は久し振りに、長いながい夢をみて、
目覚めました。


……10数人の男女がなにか? 演劇のようなものを作ろうとしているのです。
経験も無く、
どんな結果や成果につながるのかもわからないまま、
やみくもに熱意だけで集まっている人達。
モチベーションもバラバラで、あやふや。

そんな人達が1カ月か1ケ月半の期間で、
演劇を作るワークショップのようです。


ところが、中心になって働いていた3人の人物が、
どうしてか? 途中でいなくなる。
そして、この先どうしようかーー
と話し合う、全体のミーティングをすることとなる。


また、どうしてか?
私自身も演劇はまったく初めてなのに、
このミーティングではコーチングのようなフィシリテート(進行役)を自然に始めているのである。


自発的に参加者それぞれから
「何か」が生まれて来るのをサポートしがら、
これまた、未知の成果にむけて、
ベストな行動を模索するように。


そしてこのミーティングの場に、
ワークショップの運営中心者(プロデューサー)がやってきて、
「君達はこれからどうするのか??」
と、横柄な態度で聞いている。


ここで私が皆を代表するようにして、
「せっかく場所があるのだから……、
ギリギリ限界まで作ってみるしかないとおもいます」
と、熱く語っている。

「結果がわからなくても、行動するべき時はあるのです」と、
運営中心者に詰め寄ってさえいるのでした。

(もちろん、参加者それぞれのモチベーションがバラバラなことにも、留意しながら…。)



奇妙な感じもするのです。
現実には、これまでの私自身は、
こうした演劇とかはまったく苦手なタイプでしたから。

それがこの夢では、
自然発生的に、
いわば演劇コーチみたいな役割を行動している。


人間の内に、「やみくもな熱意」があると思うのです。
人を突き動かす熱情のようなものが、ある。
結果や成果はわからないとしても。


そしてこれは、コミュニケーションと関連している。
本能的な欲求として多くの人の内面に、
「関わりを持ちたい、コミュニケーションしたい」
という願望がある。

これは人間として、とても自然で、
根源的な深い欲求でしょう。


「こうしたコミュニケーションに向かう、やみくもな熱情に、
私ももっと素直になって良いのでは」
ーーそんな風に、
夢がメッセージを伝えてくれているようです。



なんだろう??

私は本当に、こうした演劇みたいなのが苦手なのですが……
夢の中の私は、魚が水を得たように、
自然発生的なプロセスを生きているのが、
視えました。