「空白の時間」をあじわう

最近たまに感じられること、なのですがーー何も考えていない、何も考えられない空白の時間が心地いい。

何もしないでいる。
ただ小鳥のさえずりや、雨の降る音を聴いているのが愉しい。
いや「愉しい」というより、ささやかな、微小な「悦び」という感じかな…。
何だろう、これは。
「空白の時間」を味わっている。

もちろんこれは、「自分で仕事を作っている」者としてはひじょうにマズイのである。やらなくてはならないこと・仕事は山積みで、片っ端からやっつけなくてはならないのです。仕事は行き詰まるし、第一「食うこと」にも事欠くようになってしまう。

けれど、この感覚にとどまって、味わってみたい気がする。
脳ミソがストライキでもしているのだろうか。フフ。
「この感覚」を活用するには、料理するのも良いかもしれない……が、
それさえもったいなく思われて、純粋に「この感覚」・時間にとどまって、自分のからだの内で体験をしっかり定着させようとする。
腰の奥深く、仙骨にも近い辺りで、ひそやかに何かが湧き出している……ようでもある。

何もない「空白の時間」。春の夕暮れ時。