まごころ

今朝、目覚めつつの私の意識の内で、「まごころ」という言葉が浮上してきた。

例えばーー「お母さんのまごごろのこもった手作りお弁当」とか、言ったりします。
相手の気持ちのこもった「お弁当」が目の前にあったとしても、
受けとる側に開かれた意識が準備されてなければ、
それは無いも同然ーー「いつもと変わりないお弁当」と見えてしまうだろう。

「まごころ」と「やさしさ」では全く違う。
「まごころ」は、ただそこに在り、自由に受け取れるものではない。
響き合う関係の中に見出されること。

あらためて、スゴイ言葉だなあ……。
これを「真心」と書くーー真の心とは、「我」にあるのでもなく「相手」にあるのでもなく、聴き合う・響き合う関係性にある、ということか。

もちろん私自身も、エラそうなこと言える立場にはないわけですが(トホホ)。